お暇な時に見てね


by yuuchinpuutan

キリストのかおり

愛する者たち。私たちはこのような約束を与えられているのですから、いっさいの霊肉の汚れから自分をきよめ、神を恐れかしこんで聖きを全うしようではありませんか。
(第2コリント7:1)

この箇所を考えながら、今日のデボーションの箇所を決めようと聖書をパッと開いてパッと目に止まったのが同じ第2コリント7:1だったので、びっくりしました。

使徒パウロの言う「私たちはこのような約束を与えられている」とは、全能の主が、「あなたがたはわたしの息子、娘となる。」とおっしゃった約束です。

どうしたらわたしたちは、神様の望んでおられる子供になれるかというと、

ローマ12:2にあるように、
「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」
だと思います。

この世と調子を合わせないとは、楽しみを制限するということでは無く、神様との密接な関係を築くことによって、自分の時間やお金も有効に使うようになるということでしょう。

そして、「霊肉の汚れから自分を清める」とは、罪から顔をそむけ、罪に抵抗するべきだということでしょう。
不品行や偶像礼拝に身を置いてはいけないということです。

そのような罪に顔をそむけるために一番有効なのは、神様のみ言葉を学び、生活に適用させることです。
わたしはあまりテレビをみませんが、昨夜は歌番組やタモリの番組を見ていました。
それもよいですが、やはり1日の終わりは神様に感謝して聖書を読み1日を終えたいと思います。
しかし、わたしはいつもなかなかそうはいかず、「神様。今日も感謝します。おやすみなさい。」で終わることもしばしばありますが、それでも神様に心を向けているということで良いのではないかと思ったりもします。
大切なことは、いつも神様をおそれかしこみ、イエス様をお手本にして清さを求めることだと思います。
第2コリント2:14~15
「しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。
私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。」

今日も御言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 5/14
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by yuuchinpuutan | 2017-05-14 05:08