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by yuuchinpuutan

シャローム

「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」
そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。
あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」
(ヨハネ20:21~23)

聖書通読 ヨハネ20:19~23

イエス様は復活ののち、40日の間弟子たちに現れ、弟子たちを教えました。そして天にお帰りになりました。

イエス様は初めにマグダラのマリヤの前に現れ、その日、次に弟子たちが集まっていたところにいらして「平安があなたがたにあるように。」と言われました。

「シャローム」はヘブル語で「平安」と言う意味だそうですが、イスラエルの国では朝昼夜の挨拶すべて「シャローム」のようです。

しかし、イエス様が弟子たちに言われた「シャローム」は挨拶としての「シャローム」ではありませんでした。

これはヨハネ14:27でイエス様が弟子たちに約束なさったことでした。
「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」

イエス様はここで、この世が決して与えることのできない平安、もっと素晴らしい平安、力ある平安を弟子たちに与えておられます。

それは、「主が共におられる平安」
「罪の赦しからくる平安」「聖霊による平安」です。

ここに父子聖霊、三位一体の神様がいらっしゃいます。

平安」の反対は「不安」ですが、この時の弟子たちは平安を無くし、彼らは自分たちのいた家の戸をしっかりと閉めて隠れていました。しかし、どんなに家の戸をしっかり締めて息をひそめていても、恐れから「平安」は全くありませんでした。

そこに蘇ったイエス様が入ってこられて、聖霊の息を吹きかけて「平安」を与えてくださったのでした。

ここから学ぶこと。

イエス様の福音を信じた途端、わたしから不安は無くなったでしょうか?
いえ、むしろ自分の罪を知り、人間関係で悩むようになりました。
試練は無くなったでしょうか?
いえ、試練は相変わらずやってきます。

しかし、クリスチャンは「主が共におられる平安」「罪の赦しからくる平安」「聖霊による平安」がいただけますから、そのことを忘れないように、朝も、昼も、夜も、神様からの平安を求めるものでありますように。

先日教会の牧師さんの大学生の長男さんと「夜に不安な気持ちになっても朝起きると元気になっているね。」とお互いの共通点を笑って話しました。

これは性格、環境といろいろな要素もありますが、主がくださった賜物と、聖霊の働きだと思います。

このことを通しても「主が共におられる平安」を思い感謝しました。

詩篇30:5
「夕暮れには涙が宿っても、 朝明けには喜びの叫びがある。」

今日も御言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン

2017 9/3
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by yuuchinpuutan | 2017-09-04 10:44