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by yuuchinpuutan
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良きサマリヤ人

彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」
(ルカ10:37)

聖書通読 ルカ10:21~37

ある律法の専門家がイエス様をためそうとして、 
ルカ10:25「先生。何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」と聞いてきました。

するとイエス様は律法学者に、
10:26「律法には、何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」と聞かれました。

律法学者は10:27
「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』、また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』とあります。」

と、答えました。
すると、イエス様は、
10:28
「そのとおりです。それを実行しなさい。そうすれば、いのちを得ます。」
と、おっしゃいました。

そして、強盗に襲われたユダヤ人を助けたサマリヤ人の話をなさり、真の隣人は、どのような行いをする人か律法学者に答えさせ、「あなたも行って同じようにしなさい。」とおっしゃいました。

ここから学ぶこと。

キリスト教の教えは「神を愛することと、隣人を愛すること」この2つが中心です。

 わたしたちが、神様を心から愛する時はどういう時でしょうか。それは神様から一杯愛を受けている時と気付いた時でしょう。
神様の愛がよく分からず神様を愛することは出来ません。

わたしたちが愛について学ぶのは、愛されて始めて、愛する事を学ぶ事ができます。

わたしたちは、子供の時、親から愛を一杯受けて、人を愛する事を学んでいきます。
親から自分が全面的に受け入れられ、肯定され、愛されている事が体でわかって、子供は始めて自分で自分を受け入れることができ、人をも愛せるようになります。

しかし、子供がどんなに親に愛されても、その愛は自分が親になって分かる事は、わたしたちの愛はいかに自己中心であり、自分の子供から頼られるほど、そんなに全面的に頼りになれるものでないという事がわかります。
親でも子供が憎らしくなったり、愛せなくなったりします。

しかし、神様の愛は変わりません。一方的な愛でわたしたちを愛してくださいます。その神様の愛を知った人は、自分を受け入れ、自分を愛せるようになり、自分の隣人を許し受け入れ、愛せるようになるでしょう。

イエス様がたとえで話されたサマリヤ人は、自分が神様に愛されていることを知っている人でしょう。

イエス様は「なにごとでも、人からしてほしいと望むことは、人にもそのとおりにしなさい」といわれましたが、自分を愛するように、隣人を愛するとは、まさに自分が人々からしてもらいたいように、具体的に人々にもその通りにせよ、という事です。

律法学者のように知識で神様の愛を知るのではなく、心から神様の愛を感じ、イエス様がわたしたちになさって下さった、見返りを求めない愛を隣人に行うことができますように。

ヨハネ第一3:16
「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」

今日も御言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン

2017 10/8

フィンセント・ファン・ゴッホ - 善きサマリア人
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by yuuchinpuutan | 2017-10-09 19:59