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by yuuchinpuutan
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放蕩息子

あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。
(ルカ15:10)

聖書通読 ルカ15:1~31

神様の愛について、イエス様は「いなくなった羊」「なくなった銀貨」「いなくなっていた息子」の喩え話で人々に教えられました。

有名な喩え話なので、何度も読み、メッセージを聞いていますが、じっくり考えていると、この喩え話の共通点がわかって来ます。
イエス様が喩えを続けてお話なさるほど大切なことです。

それは、神様は悔い改めた罪人を大変喜ぶということです。

神様は子供であるわたしたちを、どのようになっていても尊い存在に見ていてくださり、どのような人も失われることを深く悲しまれるです。

今日は「いなくなっていた息子。放蕩息子」の喩え話の中で、兄が父に対して怒っているところを読んでいて、ずっと以前に教会学校に来ていた中学生のクリスチャンの女の子の言った言葉を思いだしました。

「優さんは、初めて教会に来た子を大歓迎してすごく優しくして、ずっと以前からいるわたしたちにはそんなには優しくしてくれない。初めてくる子が羨ましい。。」

その時は口にはだしませんでしたが、心の中で『何を言いだすんだこの子は。。。ずっとこんなに可愛いがって大切にしてきたのに。。』と思ったのでした。

今考えると、その時のわたしはその女の子のその思いを受け止めてあげられなかったと思います。

イエス様は放蕩息子の喩えの中でこうおっしゃっています。

ルカ15:31~32「父は彼に言った。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。
だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

その時のわたしはしっかりと神様の愛を伝えるより、神様より自分の愛を知ってもらえないことにがっかりしたのだと思います。

わたしたちは子供だけではありません。教会生活の中でも人の愛を求め、それによって満足したり、腹を立てたりします。

初めて教会に来た人のことも、好きなタイプ、苦手なタイプというような目で見てしまうことがあります。
それではパリサイ人と同じです。

先に救われたわたしたちは、イエス様の失われた人への思いを共有し、彼らを探し、どのような人も喜んで迎えることができますように。

ヨハネ3:16
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

今日も御言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン

2017 10/17

レンブラント 「放蕩息子の帰還 」1666-1668年頃
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# by yuuchinpuutan | 2017-10-18 06:20

自分の十字架

さて、大ぜいの群衆が、イエスといっしょに歩いていたが、イエスは彼らのほうに向いて言われた。
「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません。
自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。
(ルカ14:25~27)

聖書通読 ルカ14:15~35

イエス様について歩く多くの群衆の中で、いったいどのくらいの人がたとえ死ぬことがあっても信仰を守り通す覚悟でいるでしょうか?

このイエス様のおことばはわたしたちクリスチャンに「覚悟をもってわたしについてきますか?」と向けて語られています。

わたしたちはいのちはもちろんですが、家族や友人、仕事、財産など本当は手放したくないものがたくさんあります。
愛するものをいつもそばにおいて、それを見ていたいのです。

しかし、イエス様はそれを捨てて、さらに、苦しい十字架を背負ってわたしに従いなさいとおっしゃっているのでしょうか?
いいえ。そうではないと思います。

「神様がわたしたちが握って離さなかったものを、信仰をもって手放した時、神様はさらにもっと良いものを下さるんだ!」と信じて、わたしについてきなさいとおっしゃっておられるように思います。

わたしはクリスチャンになり、すぐ、アブラハムの息子イサクを神様に捧げる信仰に感動して、わたしもそのような信仰を願いましたが、実際は本当に辛く心配なものです。

しかし、今は子供の信仰に励まされていることを思い、神様がくださった家族を感謝しています。

神様からいただいた恵みに感謝し、試練にあってもゆるぎない献身と希望をもって、イエス様の後をついて行く者でありますように。

マタイ10:39
「自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」

今日も御言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン

2017 10/17
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# by yuuchinpuutan | 2017-10-17 06:38