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by yuuchinpuutan

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神との平和

ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。
(ローマ5:1)

聖書通読 ローマ5章

ローマ書1~4章でパウロは繰り返し、人は信仰によって義と認められると語っています。

そして、5章からは、このようにイエス様を信じて救われた人は、どのようになるかが語られています。

1節で「神との平和を持っています。」とあります。
つまり、信仰によって罪赦されたわたしたちは、神様と和解をしてやっと平和になるのです。

それまでは、自分の罪から来る苦しみに支配されていました。

それが、信仰によってわたしたちは聖霊をいただき、患難さえも喜ぶ力が与えられるとパウロは言っています。それは、神の愛が私たちの心に注がれているからでしょう。

ここから考えたことは、平和は家庭でも、教会でも、 学校でも、職場でも、わたしたちが生きていく上で最も重要なことです。
その平和をもたらしてくださるのが神様です。
この神様の平和は、私たちの主イエス・キリストによって、与えていただけます。

正直わたしにはまだ患難を喜ぶほどの信仰はありませんが、患難に向かう勇気、力は頂いていると思います。
それは、この御言葉を信じているからです。
ローマ5:3~4
「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す。」

そして、5節で
「この希望は失望に終わることがありません。」とあります。

わたしはこの御言葉が好きでわたしの希望にしています。

患難さえも喜べる力、それこそが信仰による力です。主イエス様を信じる者には、このような力が与えられることを心から感謝します。

詩篇119:71
「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。 私はそれであなたのおきてを学びました。」

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017. 6/25
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by yuuchinpuutan | 2017-06-25 06:41

アブラハムの信仰

そのようなわけで、世界の相続人となることは、信仰によるのです。それは、恵みによるためであり、こうして約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持っている人々にだけでなく、アブラハムの信仰にならう人々にも保証されるためなのです。「わたしは、あなたをあらゆる国の人々の父とした」と書いてあるとおりに、アブラハムは私たちすべての者の父なのです。
(ローマ4:16)

聖書通読 ローマ4章

4章において、パウロはアブラハムを例に取りながら、信仰によって義とみなされることはどういうことなのかを説明しています。

アブラハムに神が与えたアブラハム契約は、アブラハムが多くの国民の父となること、そして全世界の人々は彼によって祝福されるということでした。そして、イエス.キリストはアブラハムの家系からでて、全世界の人はキリストによって祝福をうけました。

 アブラハムは神が命じられたように、父の故郷を離れて、まだ知らない土地に行きました。そして、彼の生涯のひとり子イサクをささげるように命じられ時は、それに従おうとしました。
もしこれらのことで義と認められたのであれば、アブラハムは誇ることができます。けれども、そうではなくて、「アブラハムは神を信じた。それが彼の義とみなされた。」とあります。

わたしたちに大切なことは、罪を犯したことを認め、神の赦しを求め、赦していただいたことを信じるならば、わたしたちは義と認められます。
イエスさまは喜んで赦してくださるのです。
第1ヨハネ1:9
「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」


ここから教えられること。
クリスチャンにとって、礼拝を捧げること、祈ること、聖書を読むことは大変大切ですが、それがなかなかできない人を批判したり裁いてはいけないということです。
信じているかどうかは神様がご存知だからです。

わたしたちに大切なことは、神の力を信じて生きることです。この生ける神との交わりを、自分自身の生活の中で日々行う者されますように。

ローマ8:28
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 6/24
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by yuuchinpuutan | 2017-06-24 07:08

信仰義人

なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。
(ローマ3:20)

聖書通読 ローマ3章

3章でパウロは神様の御前では皆有罪であると主張しています。

3:10「義人はいない。ひとりもいない。」
人は皆、神様の前で自分の罪を認め、「イエス.キリストはわたしの救い主です。」と信じなければ救われません。と、パウロは力強く主張しています。

そして、それは律法を守るユダヤ人だけでなく、信仰を持った異邦人もすべての人が救われますと言っています。

3:22「すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。」

むしろ、律法を守ることで天国に行けるのだったら、誰一人天国にはいけません。
律法をすべて守れるのは、罪の無いイエス様だけです。

昨日の祈祷会での聖書の学びは、パウロの書いたガラテヤ3:19~25でした。

ガラテヤ3:24に「律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです。」とあります。

神様の前に基準に達することの出来ないわたしたちに律法は、自分の罪を映し出す鏡となりました。

昨日のメッセージでは、旧約のアブラハム契約とモーセのシナイ契約はイエス.キリストによって、律法と福音が融合され、より高いレベルになり、わたしたちすべての人の救いとなったことを学びました。
メッセージの中で、律法とイエス様の教えが話されました。

旧約の出エジプト23:5「あなたを憎んでいる者のろばが、荷物の下敷きになっているのを見た場合、それを起こしてやりたくなくても、必ず彼といっしょに起こしてやらなければならない。」から「あなたの敵を愛しなさい。」という教えと、

マタイ5章でイエス様のおっしゃった、兄弟に向かって腹を立てる者は、燃えるゲヘナに投げ込まれるから、神様を礼拝するために、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。」という教えでした。
人を愛することの大切さ、赦すことの大切さを教えてくださっています。

わたしたちは罪の悔い改めと福音を信じる信仰によって、神様に喜ばれる行ないが出来る者と変えられていきますように。

ローマ3:23~24
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 6/23
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by yuuchinpuutan | 2017-06-23 08:07

裁き

私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行われるのです。
(ローマ2:16)

聖書通読 ローマ2章

パウロの手紙がローマの教会で読まれた時、1章に書かれている偶像礼拝、同性愛、暴力に対するパウロの避難に対して、皆は大きくうなづいたことでしょう。
わたし自身も「当時のローマはそんなに乱れていたんだ!」と思いましたが、2章の冒頭では、いきなり、
2:1
「ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行っているからです。」
とあり、
神様から「他人事ではない。あなたも人の罪ぶかさを見て批判するより、自分の罪を見て、悔い改めなさい。」と指摘された思いがしました。

さらに16節では、
「神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行われるのです。」
と、あります。

最後の審判の日、わたしたちの隠していた行いも全て明らかになり、『なんと罪に汚れた自分であったか。。。』と気付くのです。
それでは遅いのです。

罪の結果から救われる方法は、イエス.キリストを救い主と信じ、忍耐を持って今置かれている場所で神様の御心を求め、神の前に誠実に生きることなのです。

しかし、わたしもそれを知っいるだけではだめなのです。
それでは、結局、自分の基準で生き、人を裁き、自分の罪を隠そうとして、そんな自分に苦しむ結果になります。

聖書を一度も読んだことがない人も善悪の判断がついて、自分の良心によって行動したいと思いますが、なかなかできない自分に苦しんでいます。

クリスチャンのわたしたちも聖書を読んで正しい行いを知っているだけでは、自分の罪に結局は支配されてしまいます。

わたしたちが人生を神様に完全に委ね、罪赦された時、わたしたちは自ら感謝の応答として「良き行いをしたい。神様に喜ばれたい。」と願う者になるということを、今朝の学びで教えていただきました。
感謝します。

マタイ16:27
「人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。その時には、おのおのその行いに応じて報いをします。」
今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 6/22
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by yuuchinpuutan | 2017-06-22 07:50

宣教

私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
(ローマ1:16)

聖書通読 ローマ人への手紙1章


パウロは第3回伝道旅行の終わりのコリントでの宣教中にローマ人への手紙を書きました。

パウロは手紙でローマの信者たちを励まし、いつかあなた方を訪問したいという意思を伝えるものとなりました。
やがてパウロは使徒の働き28章にあるように、囚人の身でしたが、ローマに行きたくさんの人々に伝道しました。

このころローマにはまだ福音書がいきわたっていなかったので、このパウロの手紙が初めてイエス.キリストの教えが体系的に書かれた文書になりました。
パウロが来る前にローマの信者は、このパウロの手紙の中の1章に書かれていた福音の要約を読み、知ることができました。

ローマ1:2~5
「この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。
このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためです。」

ここから学ぶことは、わたしたちクリスチャンは信仰によって罪赦され、新しく生まれ変わりましたが、そこで終わるのではなく、わたしたちは伝道者として神様の福音を証しする者でなければなりません。

自分だけ聖書を読み、お祈りをして聖日に感謝の礼拝をして、天国に行く希望を持って毎日過ごすだけではいけないということです。

教会で気の合う人とクリスチャン生活を送って満足していてはいけないということです。

宣教は孤独で辛い時があります。勇気を出して行わなければ相手に伝わりません。

そして、1人では宣教は困難です。皆で励まし合い、祈り合いながら、福音を伝えることが大事です。

また、1章では創造主である神様を礼拝するのではなく、神様の造られた物、人間、動物の形に似せて造られた偶像を拝むことの罪深さ、また、性的関係においても神様が造られた正しい関係が歪められてしまっていることが書かれています。

偶像礼拝、同性愛はわたしたちの時代も広くいきわたっていますが、聖書では厳しく禁じられています 。

神様は他の罪を赦してくださるように偶像礼拝の罪も、性の罪も赦してくださるお方ですから、わたしたちは誤った歩みをしている人を拒絶するのではなく、正しい道に導くことが大切です。

わたしたちは関係が壊れることを恐れ、見て見ぬふりをしたり、関わることを面倒に思って避けたりしますが、勇気を持って、家族、友人、知り合いの人に正しい道を伝える者としてください。

ローマ6:23
「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 6/21





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by yuuchinpuutan | 2017-06-21 06:51

Let's be friends!

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サムエルと真有子。
hi-b.aのスズキ知恵子スタッフ。
宇都宮の高校生に宣教。
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hi-b.a(high school born again)高校生伝道協会のLet's be friends!
栃木県宇都宮市でのイベントです!

♫歌のゲストはSamuelleです!😆✨




東部宇都宮駅のすぐそばの野外ステージで無料ですから、通りすがりの方々に参加してもらえることを期待します!

以下詳細です。

2017.6.19(月)、20(火)
時間:4:30-7:00pm
場所:宇都宮 オリオンスクエア(野外ステージ)
参加費:無料
ゲスト:Samuelle

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by yuuchinpuutan | 2017-06-21 01:03
この民のところに行って、告げよ。 あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。
(使徒の働き28:26)

聖書通読 使徒の働き28章

使徒の働きの通読も今日で終わりです。

パウロは3回の伝道旅行の最後は、御使いに告げられ、パウロも願っていたローマでした。

ローマに到着する前、囚人として船に乗っていましたが、船は難破して皆が命の危険にさらされる中、神様はパウロに航海が守られる約束をし、パウロを通して全員の命が助かり、百人隊長と部下、囚人、マルタ島の首長、島民に福音が勢いよく広がりました。

ローマに着いてからはパウロは番兵付きで自分だけの家に住むことが許されましたが、2年間にわたる自由を奪われた生活になりました。

しかし、そのような中にあっても、訪問者に宣教し、獄中書簡と言われる数々の手紙を書き送りました。
それがエペソ人への手紙、コロサイ人への手紙、ピリピ人への手紙です。ピレモンへの手紙のように個人に宛てたものもあります。

福音書を書いたルカはローマでパウロと一緒にいて、マルコ、テモテもパウロを度々訪問しました。

パウロはそこで、ローマの人々やローマの護衛隊に信仰の証を立て、宣教の働きは一気に広がっていきました。

ここから教えられること。

パウロは以前はキリスト者を激しく迫害していたので、自責の念にかられることもあり、以前の自分と同じ立場にあるユダヤ人の回心のために命をかけて宣教してきたのでしょう。

わたしたちも過去にしてしまった罪に苦しむ中にあっても、むしろ神様はそれを用いてわたしたちを福音宣教する者としてくださいますことを感謝します。

同じ苦しみの中にある人に、そこから救い出してくださるイエス.キリストを伝える使命です。

ですから、今、たとえわたしたちが精神的に肉体的に環境的に辛いところに置かれていても、パウロのように、そこで働く方法を見つけることが出来ますように。
わたしたちにとって、神様に仕え、人に仕えることが出来ない場所は決してありません。

パウロは命をかけた宣教旅行の中で、律法に縛られ新しい福音、キリストを信じないユダヤ人をたくさん見ました。
ローマでもそうでした。
そこでパウロは預言者イザヤを通して神様が言われたことを彼らに語り、世界中の人々に福音が宣べ伝えられていくことになりました。

イザヤ6:10
「 この民の心を肥え鈍らせ、 その耳を遠くし、その目を堅く閉ざせ。  自分の目で見ず、自分の耳で聞かず、自分の心で悟らず、立ち返っていやされることのないように。」

イザヤはそう預言していますが、
イエス様はすべての人の救い主です。頑なな心も変えられます。
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福音に触れるチャンスが人生においてどんな人にも必ずあります。
このわたしにも思い起こせば何度もありました。
そして、今はイエス.キリストの福音を信じました。

使徒の働きは28章で終わっていますが、29章からはわたしたちの働きです。
多くの人たちがキリストの教えに耳を傾け信じるように、わたしたちもこの教えを伝える使徒として、今置かれた場所で用いられますように。

第2テモテ2:9~10
「私は、福音のために、苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばは、つながれてはいません。
ですから、私は選ばれた人たちのために、すべてのことを耐え忍びます。それは、彼らもまたキリスト・イエスにある救いと、それとともに、とこしえの栄光を受けるようになるためです。」

今日もみことばに感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。


by yuuchinpuutan | 2017-06-21 01:00
玄関。

サムエルと真有子の帰りを待つマロ介。

帰って来た時は大喜び。

だけど、我が家から帰る時はしょぼん。
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可愛いけど、帰るとほっする。
まるで孫みたい。

by yuuchinpuutan | 2017-06-21 00:56

マロ

我が家のわけーもんが宇都宮なんで、
マロ介は木下家。
パパの膝の上で。
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わたしはマロのためにお買い物。
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マロのブラシ。

パパのより高級だ。わらい



by yuuchinpuutan | 2017-06-21 00:52

音楽な1日

一昨日の日曜は音楽の一日でしたぁ。

礼拝の賛美リード。

友人のバイオリン発表会。

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教会を使って行われた「オーバーザレインボー🌈」

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丸山先生がショートメッセージ。


賛美、クラッシック、ロック。♫

みんな無事に守られました。
感謝します。😆✨

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by yuuchinpuutan | 2017-06-21 00:48