お暇な時に見てね


by yuuchinpuutan

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バイキング

本日はパンダ亭、おやすみ。

娘とホテルのバイキング。
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by yuuchinpuutan | 2016-08-30 20:18

冷やし中華

今日は夜に昼のようなメニュー。

午前中、また、腰ひねって痛くなり、寝てました。

ゆえに簡単晩御飯。😁
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by yuuchinpuutan | 2016-08-30 07:07

マロココ

マロ介にお友達ができました。
トイプードルのココちゃん。
まだ、赤ちゃんなのに積極的。

マロ介たじたじ。
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by yuuchinpuutan | 2016-08-30 07:00

まゆまろ

可愛いなぁ。

両方とも。😁ぷっ!
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by yuuchinpuutan | 2016-08-30 06:52

詩篇46:1〜3

神はわれらの避け所、また力。 苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。 たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、 その水かさが増して山々が揺れ動いても。  セラ
(詩篇46:1〜3)
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先日の24日にイタリア中部をマグニチュード6.2の地震が襲い、たくさんの方が命を落とされました。
日本も今年の4月には熊本地震、2011年の3月には東日本大震災が起き、多くの方が突然恐怖と悲しみの真っ只中に突き落とれました。
わたしたちも命を落とされた方々、家族を失った方々のお気持ちを思うと心が痛みます。

イタリアも日本も地震国で、常にわたしたちの心の中には地震や台風の自然災害に対する恐れがあります。

わたしは小学校の時、祖父から関東大震災の話を聞いて、友人と本で被害やその時の状況を調べ、地震ノイローゼのようになった記憶があります。

わたしたちは、ノイローゼにはならないにしても、地震だけでなく、人災である核爆発の結果として、都市は崩れ落ち、山々は揺れ動き、海の真ん中にうつったような恐怖に対する恐れをいつも持って生活しています。

わたしたちの人生は地震や核爆発だけでなく、今の生活を根底から揺るがすような試練を恐れています。

しかし、主はわたしたちに、どんなことがあっても「われらは恐れない!」と言えるような揺るがない平安をくださいます。
それは、わたしたちの避け処なる主を知ることによります。

そうはいっても、わたしたちは死にたくないし、大切な人を失いたくないので不安や悲しみで苦しみます。
ですから、たといどんな事が起ころうとも、押しつぶされない、揺るがない平安を持つことができたら、どんなに幸いでしょうか。

わたしはクリスチャンになって1年後に最愛の父を病で失いました。しばらくは悲しみに暮れていましたが、わたしを支えたのはわたしの避け処となって下さったイエス様でした。

わたしは父が亡くなってまもなく、ある夢を見ました。
大地震が起こり、火山が爆発し、この世が終わったのでした。
わたしはたくさんの人の中にいて、皆がイエスさまに会うためぞろぞろと同じ方向に向かって歩いていました。
わたしは、その中で父を泣きながら懸命に探していました。

その時は肉親を失う恐れ悲しみでしたが、本当に恐れるべきものは、わたしたちすべての者が神様の前に立たされる終わりの日です。

終わりの日に主の前に喜びを持って立つ者とされますように。
大切な人とその恵みに共にあずかりますように。
終わりの日は確実に近付いていますから、その時に備えるわたしたちでありますように。

詩篇62:7
私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。 私の力の岩と避け所は、神のうちにある。

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2016 8/30

最近懐かしく見た写真。
菊江母とわたし。
by yuuchinpuutan | 2016-08-30 06:45

礼拝後

今日は礼拝後、お友達とカフェでランチしました。

撮影者はパパちゃんでした。

ここのオーナーはクリスチャンです。

グラタン、美味しい。
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珍しくパパの写真。

by yuuchinpuutan | 2016-08-29 19:32

フライデーナイト

フライデーナイトにサムエルが出演しました。
メッセージはタンタン牧師。
メッセージのタイトルは「喜ぼう!」

友人と主人と共に行ってきました。

たくさんの方がいらしていて、知り合いの方々も多く、お会いできて嬉しかったです。

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ライブの前に御茶ノ水のニコライ堂を見学しました。
菊江母の育ったところ。
7年前も菊江母と来ました。
思い出してしみじみしちゃったなぁ。

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夕飯はOCCの並びの「ナポリの下町食堂」でご飯。
真有子とパパも登場。

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マルゲリータピザ

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サラダ

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ラザニア

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また、ピザ。
ほの他、スパゲティーを二種類。

いよいよライブ。

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荘さんがサポート。

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メッセージはサーファーのタンタン牧師。

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主に在っていつも喜ぼう!

おわってからみなさんと交わりの時。
NijiちゃんもSamの撮影の為に来ていました。

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友人の由希子さんも。

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Nijiちゃんと。

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サムと。
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さとみんが来てくれました。

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愛喜ちゃん、たいちゃん、お友達。




by yuuchinpuutan | 2016-08-29 19:06

オムソバ飯

初めて、焼きそばとご飯で
「オムソバメシ」を作ってみました。

好評につき、我が家のメニューに入りました。

おめでとう!

なにがめでたいんじゃ?笑😁
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by yuuchinpuutan | 2016-08-28 07:35

ローマ8:28

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ8:28)

わたしはこの御言葉を読むと、ある出来事を思い出します。

それはクリスチャンになって間もない頃、教会の牧師さんに牛乳パックで作った鉛筆立てをプレゼントしたことがあったのですが、それだけでは思い、カードにローマ8:28の箇所を書いてお渡ししたことです。
何故その箇所を選んだのか、理由は全く記憶がないのですが、正直なんとなく選んだのだと思います。

お渡しして少し経つと、牧師さんからお礼のお手紙が届きました。
そこにはその御言葉が今の自分にどんなに励ましになったかが書かれていました。
わたしがその時思ったのは、「牧師さんも苦しいんだ。。。」でした。

当たり前のことなのですが、その時はクリスチャンになって間もない頃でしたからそう思ったのでした。

教会に行き始めたばかりの時は、その前の牧師さんからですが、「牧師も人間ですから。。。」という真に正直な言葉を聞いて、牧師といえど、わたしたちは牧師という人で止まるのでは無く、その背後で働いておられる神様を見なければならないと思わされたことがありました。

とはいえ、やはりわたしは人を見ていたのでしょう。次に牧師になられた先生の手紙に書かれていたことで、先生の弱さに目が行ってしまったのでした。

今、わたしの牧会者はわたしにとっては3人目の先生です。
先生は常日頃から「牧師も信徒の皆さんによって育てられています。」とおっしゃいます。
わたしは、それを初めて聞いた時、牧師さんもわたしたち信徒も共に「神のご計画によって召されな人々」であり、「神がすべてのことを働かせて益としてくださる」ということが分かりました。

わたしたちには今、どう考えても益とは思えないことが身に起こります。
しかし、神様はすべての状況を益のために好転させることが出来るお方です。
神に召されたわたしたちは、苦難や迫害にあっても、最終的にはキリストと似た者とされる希望がありますから、御言葉を読み、心に留めて歩む者とされますように。

第1ヨハネ3:2
「愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。」

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2016 8/28

写真
教会のバーベキュー


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by yuuchinpuutan | 2016-08-28 07:07

平安

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。
(ヨハネ14:27)

「平安」とはどんな状態をいうのでしょうか。調べてみると、「無事で穏やかなこと。」と、ありました。

ヘブライ語だと、「シャローム」。

わたしはクリスチャンになって、はじめて「シャローム」という言葉を聞きました。
一人のクリスチャンの男性がわたしに向けて言ってくれたのが、初めてでした。意味はわからなかったけれど、何か良い言葉を投げかけてくれたのは分かりました。

わたしたちは日々いろいろな心配、悩み、悲しみ、ストレスを抱えて生きていて、「無事で穏やか」なことなどなかなかありません。

だからこそ、わたしたちはこうありたいということで「平安」という言葉を使うのだと思います。
「平安京」「平安時代」平和な町、平和な時代であってほしいという思いがここに現れています。

しかし、イエス様がくださる「平安」は「世が与える平安」では無いとおっしゃっています。
世が与える平安とは違う平安。

イエス様は「世が与える平安」をルカ12章の愚かな金持ちの姿に例えてお話しなさいました。

彼は自分の畑が豊作になり、新しい大きな倉を建てて安心したのです。
  世に求めるわたしたちの平安は、周りの状況や環境が与えてくれる平安・安心なのです。

この例えを通しても、お金や健康は生きているわたしたちに大変必要なもので、このどちらかが欠けると不安になり「平安な心」は無くなってしまいます。

では、イエス様のくださる「平安」はどんなものでしょうか。

この平安は、どんな状況においても確信に満ちた安心を持っていることです。

「神様の平安」はわたしたちの心を襲う敵の影響力を抑え、慰めを与えます。

では、どのようにして、この「平安」を私たちは手に入れるのでしょうか。

それには、まずイエス様を心の中にお迎えして、心を支配していただく必要があります。

コロサイ3:15

 「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。」と、あります。

イエス様を心にお迎えすることで、イエス様を信頼しながら歩むことが習慣となります。

恐れがやって来た時に、

「主よ、今、私の心をあなたの平安で満たして下さい」と祈ることで、「平安」は心に満ちていくのです。

ピリピ4:6〜7に

「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

と、あります。

主よ。どうぞわたしたちからこの不安を取り去り、聖霊がキリストの平安で心を満たして下さいますようにお願いいたします。

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

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by yuuchinpuutan | 2016-08-27 05:51