お暇な時に見てね


by yuuchinpuutan

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箴言24:16

正しい者は七たび倒れても、 また起き上がるからだ。 悪者はつまずいて滅びる。 (箴言24:16)

わたしは時々、小学校を卒業する日に担任の宮本先生から色紙に書いてもらった「七転び八起き」という言葉を思い出します。
先生はクラス全員に書いてくださったけれど、あの時の先生の一人一人に対する優しさと気迫は忘れません。
大切に育てた生徒の一人一人に「辛いことがあっても負けるな!何度失敗してもくじけず、立ち上がって頑張れよ!」という先生の思いをこの一言に込めてくださったのだと思います。

そして、わたしは聖書の箴言から、「正しい者は七たび倒れても、 また起き上がるからだ。 悪者はつまずいて滅びる。 (箴言24:16)」を見つけた時、失敗や挫折をするたびに、 心のどこかで「七転び八起き」がわたしを励まし、その中に込められている神のみこころを気付かずに学んでいたような気がしました。

先日わたしはアーサー.ホーランドさんと少し会話を交わしましたが、その時アーサーさんは「あなたは正直な人だ。」「イイネ!イイネ!」を繰り返していらしたのですが、それからというもの、そのアーサーさんの言葉が何度も浮んでくるのです。
それは「あなたは正直に生きなさい。それでいいから。無理するなよ。」と言ってくれているような気がするのです。

それで、娘に「わたしはこれから正直に思いを言おうと思う。」と言ったら、「お母さんが正直に言ったら怖いよ。」とブレーキをかけられました。
「確かに。。。」
娘の一言で、一気に自分の罪をみせられました。

箴言の「正しい者」とは、どんな人かというと、イエス様がおっしゃった『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』と『隣人を自分のように愛しなさい。』この2つを行う人だと思います。

わたしはイエス様の教えをいつも忘れずに、正直に無理せず、七転び八起きで生きていこうと思わされました。

詩篇34:19
「正しい者の悩みは多い。 しかし、主はそのすべてから彼を救い出される。」

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2016 9/29
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by yuuchinpuutan | 2016-09-30 07:59
いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
(ピリピ4:4)
ここ数日わたしの心は暗く重い。いくつかの問題があり、わたしの力で解決できる問題は何一つないのです。

唯一解決出来ることは、神様に祈りを捧げてわたしの心の有り様を変えて頂くことです。
そうすれば問題が問題で無くなるからです。

今朝、暗い気持ちで祈りを始めると、祈りの中「主にあって喜べ」という語りかけを聞きました。そして開いたのが、ピリピ4章でした。


主を喜ぶことは、今ある状況によるものではありません。
大切なのは、私たちの心の有り様と神様の交わりです。

ピリピ人への手紙を書いた時のパウロの一行は喜びとは程遠い状況の中にいました。投獄され、鎖でつながれていました。
しかし彼らは主がともにおられることを喜び、 賛美し神様に祈りを捧げました。
そして、パウロはこう言っています。

ピリピ4:6〜7
「 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

感謝を持って捧げる祈りと願いを神様は聞いて下さっていて、必ず脱出の道を見せてくださいますから、平安な心でその時を待とうと思います。

今の状況の中にも、見ようとするなら、 今日喜ぶことはたくさん見つけられるでしょう。

パウロは言っています。
ピリピ4:11〜13
「乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」

喜びはイエス様と繋がっていることで与えられます。

わたしたちは日々の成功、失敗、豊かさ、貧しさに翻弄されることが無いように、どんな時も感謝と喜びを主に捧げようではありませんか。

♬主イエスを喜ぶことは
あなたの力です
感謝をささげることは
あなたの力です

朝に 夕に とこしえまでも
王なる主をたたえましょう
朝に 夕に とこしえまでも
王なる主をたたえましょう♬

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2016. 9/27
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by yuuchinpuutan | 2016-09-28 06:08

詩篇1:1〜3

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幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。(詩篇1:1〜3)

今日のみことばは、18年前、わたしが自分の罪を悔い改め、このような人になりたいと強く思わされたみことばです。
信仰生活を送る中で、度々口にすることで平安と喜びが与えられています。

エレミヤ17:7〜8
 「主に信頼し、主を頼みとする者に 祝福があるように。
 その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。 」

神様はわたしたちをいつも見守り恵をくださいます。
そして、神様のみことばは、生ける命の水となり、わたしたちをいつも生き生きと生かしてくださいます。

これからも主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさんでいこうと思います。

今日は牧師夫妻の次男ひっくんの誕生日。
彼の恵に満ちた将来を神様に祈りつつ、誕生日カードに詩篇1:1〜3を書こうと思います。
主よ。このみことばが彼の人生を豊かにしてくださいますように。

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。 

2016 9/25
by yuuchinpuutan | 2016-09-25 06:52

回転寿司

今日はお友達と回転寿し。

♬お腹いっぱいで目が回る。

回る回る回転寿しで目が回る♬

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by yuuchinpuutan | 2016-09-24 07:34

トマス

25日の日曜は、教会学校でのメッセージ当番です。

「弟子たちを教え養うイエスの愛を知る」
ヨハネ20:19〜29から使徒トマスについてメッセージします。

資料集めて、本読んで、今日はおしまいにしたい感じですが、もうすこし進めないと、いつも土曜日の深夜までやることに。

大学生から4年生までだから、ちょ〜〜難しいの。😕
冗談言って笑わせたら😂、そこだけしか記憶に残らなかったとか?
あるある。わたしのメッセージ。😅

絵だけ見てたとか?👀
あるある。わたしのメッセージ。😅

それでもね。✨神様が信仰の種を生徒一人一人にパラパラ👍::...::.:と蒔いてくださるでしょうから、祈りつつ準備します。
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by yuuchinpuutan | 2016-09-23 08:45

秋刀魚

昨日の夕飯は和食。

秋の味覚、秋刀魚。

さんま さんま
さんま 苦いか しょっぱいか。


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油がのって美味しかった!

by yuuchinpuutan | 2016-09-23 08:42
恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。
(出エジプト記14:13)、

 人は誰でも、人生において危機があります。
病気、事故、災害、破産、リストラ、離婚、受験。私たちを不安におとしいれる出来事というものが、人生にはしばしば、起こってくると思います。  
しかし、その時はまた、人生において最大の救いを経験するときでもあると思います。 
わたしもそうでした。20年前に買い、読まずに本棚にあった聖書を手にして教会に行き救われました。

今日の御言葉は、約400年間エジプトの奴隷であった、イスラエルの民が、モーセという指導者によって導きだされて約束の地カナンへ出発して直後の時のことです。
イスラエルの民の目の前には紅海。後ろはエジプトの王パロが、その騎馬隊と全軍を連れての追撃という、絶体絶命のピンチ!「イスラエル民は非常に恐れて、主に向かって叫んだ。」 とあります。
この時、イスラエルの民は人生最大の危機に置かれたと思います。

イスラエルの民はものすごい声を上げて神に祈り、そして彼らは自分たちの指導者モーセに詰めより、文句を言いました。神に祈りながら、自分たちの指導者のモーセを責めています。
モーセに詰め寄りながら、自分たちは荒野で死ぬと結論づけました。

ところが、モーセは違っていました。堅く信仰にたっていました。それゆえに、その絶体絶命のこの状況のなかで、確信をもって、神からのことばを告げました。
それが、出エジプト14:13 〜14
「それでモーセは民に言った。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」 
こう言ったわけです。そして、事態は、思いも寄らない展開を見ました。イスラエルの民は、このとき、最大の危機から最大の救いへと変えられました。
それは、昼は雲の柱、夜は火の柱となって寝ずに民のために働かれていた神様が助けてくださったのでした。
聖書の神様が何も出来ないでいる私たちのために代って戦ってくださるのです。

この神様を自分の神とするときに、絶望的な人生が、まったく予想していなかった明るい方向に、開かれていくことを、私たちは自分の人生において体験することができるのです。 

先日、アーサー.ホーランドさんがメッセージの中で「わたしは今、65だから生きてもあと15年。」と言ってらしたのですが、その時、こんなに若々しく力強くメッセージをするアーサーさんの中に、わたしを当てはめ、自分の年齢から来る寂しさを感じました。
そして、余計な御世話かもしれませんが、アーサーさんのお爺さんになった姿も想像しました。

わたしたちはだれでも、やがて死んでいくことを知っています。

その中にあって、ある人は保険と年金と貯蓄で、自分の将来は、こうなって、こうなって、こうなると言うように計算によって将来を予測します。
しかし、そうすれば未来は開けてくるかと言うと、そうではなくて、「私の人生はこんな感じ」と、先を予測することによって、無気力になってしまう人もいると思います。

しかし、真の神、キリストの神は、その予測にしばられたり、無気力になっている人々のためにも働き、救い出してくださる神様です。
それがイエス・キリストです。

21世紀のこの時代は明るい時代ではありません。テレビ、新聞の報道から今はまさに暗い時代であることが分かります。今起きている、いろいろな、凶悪な犯罪や事件をみてもわかります。
戦争、核の恐怖、災害。あげたらキリがありません。

ですから、こう言う時代を、明るく生き抜くことは、大変難しいと思います。
しかし、真の神、イエス・キリストを人生に迎え入れるなら、私たちの予測をはるかに越えて、神が、私たちの人生を、切り開いていってくださるのです。 

そのことを、この出エジプトの出来ごとは教えていると思います。

私たちのために、イエス様は、十字架でひとりで、私たちの罪のために、戦われたのです。そして、私たちに、救いをもたらされたのです。

そのイエス様を信じることで、わたしたちは神の子どもとされ、永遠のいのち、天国に入る資格を与えていただけるのです。

私たちは絶対絶命に陥ったときでも、最後まで、人生をあきらめないで、生き抜くことができるのです。そして、人生に訪れる絶体絶命は、必ず変えられるからです。

主が今日もわたしたちのために戦われますから、しっかり立って、主の救いを見ようと思います。

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。 

2016 9/23
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by yuuchinpuutan | 2016-09-23 08:25

1年前

「Facebookで過去の思い出。」っちゅうのがあるけど、懐かしさから写真📸をまた保存したりしてます。

1年前は松原湖に娘夫婦と行ってましたよ〜〜。🌳🌳🚗🌳🌳🌳


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サムエルをゲストに呼んでくださったところに付いて行ったんだけど楽しかったなぁ。😆✨


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サルーキーのチヨさん。初めて親しくお話ししたけど、実際は物静かで優しいおかたでした。
普段は「省エネ」してライブで爆発しているみたい。✨😆💣💥

時間を共有するということは、お互いを知るということですね。

サンキュージーザス!

by yuuchinpuutan | 2016-09-22 08:59

第1コリント13:3

また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。
(第1コリント13:3)

昨日の婦人会の学びから教えられたことを通して、今朝の御言葉を考えました。

この御言葉は、自分が持っているものを貧しい人のために全て手放し、自分の体を人のために失っても、そこに愛が無ければ何の意味も無いということです。

「持ってけ!泥棒!」「煮るなり、焼くなりしてくれ!」的なヤケクソな気持ちには全く愛は無く、怒り、憎しみ、復讐がそこには有ります。

つまり、結果は同じであっても、愛の心がそこに無い行動は、神様の御心から遠く離れています。
貧しい人を助けること、自分を犠牲にすることが正しい意図、正しい選択であっても、そこに純粋な意図、自分が選ぶものを心から願う気持ちがなければ、神様も人も喜びません。

神様が願う事を、自分の意志の力だけで物事を行うのではなく、神様と人の前で告白、悔い改めをすることで、真実の愛に根ざした行いが出来ます。

そうすることで、他者に愛を持って行動する決意が、実際にそうしたいと願う気持ちに変えられ、「義に飢え渇きを持つ」わたしたちに変えていただけるのだと思います。

マタイ5:6にイエス様のおっしゃったことばがあります。
 「義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。」

わたしたちの助け主である聖霊に導かれ、正しい意図では無く、純粋な意図を得る過程、霊的成長の中で、真の愛を知り、その愛に根ざした行いをする者となりますように。

ピリピ2:13〜16
「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。
すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行いなさい。
それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子どもとなり、
いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。そうすれば、私は、自分の努力したことがむだではなく、苦労したこともむだでなかったことを、キリストの日に誇ることができます。」

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2016 9/22

写真
今年5月箱根
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by yuuchinpuutan | 2016-09-22 06:10

ブレッシングナイト

顔が、水に映る顔と同じように、 人の心は、その人に映る。
(箴言27:19)

昨日、アーサー・ホーランドさんのブレッシングナイトにサムエルがゲストだったので、初めて行って来ました。

アーサーさんのブログや書いた本を読んでいましたが、目の前でメッセージを聞いたのは初めてでした。

たくさんの出会いと、たくさんの出来事を経験して、物事の本質を見ているアーサーさんのメッセージはとても深いものでした。
いろいろ語られた中で、人の心の有り様は顔に映る。それがその人の香りとなって表に出てくるというような内容がありましたが、「本当にそうだなぁ。」と思いました。

そこで、今朝はわたしたちの顔、かもし出す香りについて考えました。

伝道者の書8:1に、
「 人の知恵は、その人の顔を輝かし、  その顔の固さを和らげる。 」
とあります。その知恵はどこから来て、どんな輝きなのでしょうか。

その人を形成している人間性というか、内なる特性は表情に現れます。
心が沈んでいれば顔は曇る。イライラしていれば険しい表情になります。

リンカーンは「男は40を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言ったそうですが、これは女性でもそうです。

アーサーさんは今年の9月で65歳。年金がもらえると、ちょっと嬉しそうでしたが、アーサーさんは充分顔に責任を持って語っておられると思いました。だから、話に説得力があり面白いのだと思います。

アーサーさんの知恵はどこから来たのでしょうか?そしてどんな輝きでどんな香りでしょうか?
その知恵は神様の御言葉からきました。

顔の陰りは御言葉によって変えられ、顔の表情の固さは御言葉の学びと理解によって変えられます。御言葉の光が差し込むと、暗さは消え、固さは和らぎ、イエス・キリストにある愛の輝きを放ちます。

ルカ24章では、エマオの途上の暗い顔つきの弟子たちの話があります。
彼らはイエス様は死んだと思って希望を失っていました。そこにイエス様がいらっしゃいました。

ルカ24:16〜17
「しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。
イエスは彼らに言われた。「歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」すると、ふたりは暗い顔つきになって、立ち止まった。」
とあります。
彼らはなぜ暗い顔つきでいたのでしょうか?
救い主に関するみことばを信じていなかったからです。よみがえられたイエス様に、
ルカ24:25
「するとイエスは言われた。「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。」
と叱られました。

ここから、御言葉の真実を信じないと、目の前の状況だけを見て暗い気持ちになり、みことばを通して約束されている栄光の御国を見上げる姿勢が弱り、イエス様からも目を離しがちになりわたしたちの輝きもなくなってしまうことが分かります。

ですから、わたしたちは御言葉を通して喜びを回復して、そのみことばを握って生きることが大切です。

どうぞ主よ。わたしたちが今日も御言葉をにぎり、キリストの香りを放ち、明るく輝きながら歩めますように。

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2016. 9/21
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by yuuchinpuutan | 2016-09-21 07:02