お暇な時に見てね


by yuuchinpuutan
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<   2017年 03月 ( 54 )   > この月の画像一覧

交わり

神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。
神のことばと祈りとによって、聖められるからです。
これらのことを兄弟たちに教えるなら、あなたはキリスト・イエスのりっぱな奉仕者になります。信仰のことばと、あなたが従って来た良い教えのことばとによって養われているからです。(第1テモテ4:4~6)

昨日は教会で月一回の証会がありました。テーブルを囲み顔を合わせながら証を聞きます。昨日は9名の参加でした。

兄弟姉妹のお証を聞くことは、わたしたちへの神様からのプレゼントです。
生きて働いておられる神様の働きを聞く恵の時です。

わたしは愛知県新城市で行われたキリスト教基礎教理の学びの恵を証しました。

今回初めて若者から年配者まで一緒に寝起きを共にして聖書を学び、交わりを持ったのですが、その中で兄弟姉妹の今まで気づかなかった面を見て大変親しみを持ったことをお証しました。
神様は人を通して働かれます。交わりの中に居られる主に感謝しましたという証でした。

わたしたちは日々の生活の中で、誰かと関わりをもちながら生きています。

わたしたちのそばにいつも具体的な人物を置いてくださるのは、目に見えない神様がそこに居られて、その人を通して恵をくださるためです。

これはわたしたちが、感謝すべき大前提です。
物事がこんなことになったからうれしかった。○○さんに感謝です。と感謝の気持ちをわたしたちは持ちますが、何よりももっと大切なことは、その事やその人を遣わし、その事を起こしてくださる、隠れた所におられる神様が一つ一つわたしたちのために備えてくださる事があり、導かれる事があってこうなっていることを感謝する者でありますように。

しかし、感謝できないことも多いです。
多くの悩みは人間関係にあるといいますが、わたしたちは人の眼差しやことばに振り回され気持ちが落ち込むことが多々あります。
この人を信じたい、この人から安心を得たいと願っても、失望し、悶々とすることも多々あります。良かれと思ってしたことが裏目にでることもあります。

そうなると、わたしたちは人を恨み、つぶやいて、自分を憐れんでしまい、みじめになってしまいます。自己憐憫に陥ってしまうのです。

そんな時、わたしたちが神様に助けを求めることで、その中にある神様の恵に気付かされます。

詩篇107:5~9

「飢えと渇きに彼らのたましいは衰え果てた。この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救い出された。
また彼らをまっすぐな道に導き、住むべき町へ行かせられた。
彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。
まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ、飢えたたましいを良いもので満たされた。」

神様は人間関係の様々な苦しみや、いろいろな出来事を通してわたしたちに呼び掛けてくださるのです。
そして、そのことをとおしてわたしたちに「神に立ち還れ」と絶えず呼び掛けてくださっています。

わたしたちがいつも神様に結び付いて、神様を心から信頼して、どんなことの中にも主を喜ぶ者となりますように。

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 3/31

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by yuuchinpuutan | 2017-03-31 12:49

リュック

リックを買ったよー。

小学生以来かもぉ。👧

両手が使えて楽だなぁ。🙌

次は皮のランドセルにするどっ!🎒✨
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by yuuchinpuutan | 2017-03-31 12:47

願い事

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
(ピリピ4:6)

わたしは数年に1回ぐらいですが、朝の満員の通勤電車に乗ることがあります。

そんな時、「みんなすごいなぁ。偉いなぁ。こうして毎朝これに耐えて仕事にでかけている。」と、わたしは思います。

そして、毎日仕事がある方々を羨ましく思ったりすることもあります。

わたしの父はフリーのグラフィックデザイナーで家で絵を書いていましたし、わたしの主人はフリーの建築家。
そして娘のお婿さんはフリーのシンガーソングライターと親子三代にわたりサラリーマンではありませんから、お給料をいただけるサラリーマンの方を羨ましく思ったりすることがあります。

しかし、わたしの家族が、美術、音楽という芸術の賜物を頂いた者としての歩みをさせて頂いていることを感謝しなければなりません。

わたしたちは人の苦労はその身にならないと分からないわけですし、自分が頂いている恵も、人と我が身を比べて、分からなくなっていることも多く、サラリーマンもフリーで仕事をしている人もみんなそれぞれが悩み、心配事を持って生きています。

わたしたち人間はどうしてこんなに悩み心配事があるんでしょうか?
それは、将来が見えないからでしょう。予想できないからです。

しかし、心配するべきでないと聖書にはっきり書いてあります。

ピリピ4章6節には
「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」と書いてあります。
この箇所を通して, 私達のすべての必要や思い煩いは神様に祈りをもってゆだねなさい。イエス様も衣食住などの必要を心配してはならないと励ましてくださっています。

それは天の神様が私達の必要を満たしてくださるからです。

(マタイ6章34節)
「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。
だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」

神様は私達が心配事や思い煩いなどの重荷を抱えて生きる事を望んでおられません。
心配事はわたしに委ねなさいとおっしゃっておられます。

ですから、私達は何事も心配せず、今日という日を感謝して、喜びの中を生きようではありませんか。

(ピリピ4:4)「いつも主にあって喜びなさい。」

どんな苦しみの中にあっても、悪いことではなく、何か「良かった」と思えることを見つけだしましょう。そして感謝しましょう。「良かった探し」すれば心が明るくなっていくでしょう。

神様にとって私達が抱えているどんな大きな問題でも、神様には大きすぎることはないし、どんな些細な心配事でも神様にとって小さすぎるということはないのです。
神様に委ねて、今日を感謝しましょう。

(ピリピ4章7節)「そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 3/30

娘はhi-b.a. スタッフとして、春のキャンプ中。
幼稚園の時の写真。
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by yuuchinpuutan | 2017-03-31 12:46

忍耐。愛。

しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。
ルカ22:32

イエス様が弟子のペテロに言った言葉です。
そして、あなたは3回わたしを知らないと言うだろうと告げられました。

そして、ペテロは自分の命が危なくなった時、イエス様がおっしゃったとおりのことをしてしまいますが、イエス様が十字架にかかり、蘇られたのちは、悔い改め、立ち直り、教会を立ち上げてたくさんの人を救いに導きました。

今日はこのみことばから、クリスチャンの家族や友人のことを考えました。

わたし自身も自分の信仰の小ささ、不安定さにガッカリすることがありますが、それを愛する家族、友人に感じた時、それは大変悲しいものです。

それはわたしだけでなく、クリスチャンは皆さん経験したことがあるとおもいます。

信頼し大切にしていた神の家族が「何故そのようなことを?」というようなことを、たとえ口にしたとしても、そんなことを、その人が言わなかったかのように、また、そんなことは、聞かなかったかのように、尊敬と愛とを失わないで、その人と変わらぬ愛で交わりを持ちつづけることができたらなんとすばらしいことでしょう。

わたしたちは相手の言葉から、自分を弁護しようとしてムキになることが多々ありますが、それは主に栄光を帰することになりません。

そんな時、わたしたちは友の信仰を嘆くより、自分の信仰を嘆き、むしろそれは神様からのわたしたちへのチャレンジと思い、それは全て、主の恵みであると信じることができますように。

イエス様はわたし達の、数知れぬ不信と裏切りの行為にもかかわらず、それらをなかったかのようにわたしたちを愛して下さっています。

このイエス様の主の愛こそ、わたしたちが、信仰の友を信じる源泉なのだと思います。

今は以前の関係に無理に引き戻そうとしたりせず、何故今そうなのかと、理解することが大切で、共にお互いがお互いのことを考え、自分の過ちに気付くことができますように。

しかし、そうわたしたちが思っても、反対に辛い言葉を互いに投げかけることもあるかもしれません。

しかし、
イザヤ50:6
「 打つ者に私の背中をまかせ、ひげを抜く者に私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった。 」

イエスさまはそんな中に居られても、わたしたちの信仰が無くならないように祈り、救いを保証してくださいましたから、わたしたちも、イエスさまの忍耐を習い、聖書の御言葉に揺るぎ無い信頼を持ち、愛する家族のため、友のため、子供たちの将来の救いのために祈っていきましょう。

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 3/28
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by yuuchinpuutan | 2017-03-29 06:50

神の愛

しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
(ローマ5:8)

わたしはどうも最近、自分のことは棚にあげて、人の欠点というか、弱さが目に付いて、ガッカリしたりイライラすることがあります。

自分の良くないところ、自分の弱さを知っているわけだから、人の弱さに対しても、寛容にならなければならないと思っていても心が乱れます。

わたしが理想とするような人はいないし、第1自分がそうではないし、みんな優れたところ、欠けたところがあるわけですから、寛容な心で受け止めたいと思います。

そんなことを考えていたら、先日デボーションしたばかりの箇所が頭に浮かびました。
(マタイ7:3~4)
「なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。
兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。」

神様に罪赦された自分なのに、ついつい他人には厳しい思いが頭をもたげます。

まずは、高ぶる心を捨てて、こんな罪深いわたしを神様は愛とあわれみによって救いへと導いてくださったこと、また、すべての人に神様はその愛を示されることを、いつも思う者でありますように。

神様はどれほどわたしたちを愛し、またわたしたちが互いに愛し合うことを望んでおられることでしょう。
神様の大きな愛に感謝して、人を受け入れ、赦し、助け合うことができますように。

第1ヨハネ4:9~12
「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。」

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 3/29
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by yuuchinpuutan | 2017-03-29 06:48

信仰義認

人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしょう。

(ヤコブ2:24)

この御言葉は「信仰義認」と相反するように感じてしまいます。

信仰義認の意味は、「キリストを信じる信仰によって、神に義と認められる」という意味で、善い行いをしたから義と認められるのではなく、キリストを信じたから義と認められるということですが、ヤコブは「人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではない。」と言っています。

ヤコブの言葉は、厳しいですが、信仰によって行いもついてくるということでしょう。

なぜ厳しいのか、わたしたちは人間関係が良好であることが一番なのですが、中にはどうしても分かり合えない人、苦手な人というのがあるからです。

クリスチャンは神様の教えに従って、嫌いな人でも愛する努力をしますから、努力しても改善がないと「なんと自分は愛の無い人間なのだろう」と、悩み、自分を傷付けてしまうことがあります。

そして、自分にはできないことをやっている人と自分を比べてみたり、その人に嫉妬したりして、また、それで憂鬱になったりします。

わたしも以前にそんな経験がありました。

しかし、今はそのことで苦しまないようになりました。

それは、「分かり合えない人間関係もあるのだ」「どうもわたしはあの人が苦手みたいだ」と認め、愛そうという必死な努力を続けないという方法に気付いたからです。

どうしても好きになれない人がいる場合は、なるべく距離を取って接してもいいと思うのです。

苦手な人の悪口や意地悪をしなければ、距離をおくことは悪いことをしているという事にはならないと思います。

そうすれば、相手を傷付けないし、自分も必要以上に傷つくことがなくなると思うのです。

また、その相手がどうしても距離を取れない人なのであれば、最低限の関わりで良いと思います。

しかし、わたしたちはクリスチャンですから、神様がいつか、その人との関係において、わたしのこころを変えて下さる、温かくして下さると信じお祈りすることが大切だと思います。

神様に信頼をもって歩んでいくときに、愛の歩みへと造り変えられ、失ったように思った愛も「主の山の上には備えあり」と聖書にあるように、神様は備えを与え、わたしたちを苦しみから脱出させ、罪と感じ苦しかった歩みから神の慈しみを現わす歩みへと変えてくださいます。

わたし自身は、神様に変えていただいた経験をし、また、ちょっと苦手になったり、その繰り返しですが、そうしていくうちに、わたしと同じ経験で苦しむ人の気持ちが理解できるようになりました。

わたしたちにとって大事なことは、神様を信頼し、神様の備えを待ち望むことだと思います。

主よ、わたしたちは罪の性質からなかなか人を赦せない、愛せない者ですが、信仰によってだんだん変えていただき、あなたの御栄光を現わす祝福の中を歩ませてくださいますように。

第1ヨハネ3:23

「神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。」

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。
アーメン。

2017. 3/27
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by yuuchinpuutan | 2017-03-28 22:51

賛美deナイト

今夜は月一回の賛美deナイトがありました。
若者の集会ですが、アレアレ?
昔の若者が今夜は何故か多し。
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😆✨ま、いっか!

「若い男の光栄は彼らの力。 年寄りの飾りはそのしらが。」箴言20:29

パンダ染めてますが!😜✨

1時間賛美を捧げ、途中祈りと証がありました。


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集会後は三階で夕飯。🍴
メニューはハヤシライス。サラダ、牛乳寒天。イチゴ。🍓
牧師夫人が作ってくださいました。

パンダはキューリを刻んだだけ。🥒😜

美味しかったぁ。😋

おかわりしたかったけど、我慢。😑

パンダ、双子の韓国少年?青年?の間で写真撮影。
2人は4月から大学生。

わたしは永遠の17歳。🙎✨
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by yuuchinpuutan | 2017-03-26 08:45
金曜の夜。GENERATION NIGHT ~音楽と聖書のメッセージ~
に行ってきました。
歌のゲストはサムエル。🎵🙋‍♂️🎤🎹

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メッセージは山口武春先生。タンタン先生のメッセージは生活に根ざしたメッセージでクリスチャンでない方々も良くわかり、感動するお話でした。😌✨✨

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それから、ゴスペルシンガーの中山栄嗣さんがいらして、サムエルにも会場の皆さんにも神様からのプレゼントになりました。😆💕✨
サムエルの新曲「Chance」を2人で歌いました。リハーサルもなく、アドリブも入って、とぉーっても素敵でしたよ。
さすがでした。✨✨✨✨✨

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会場にいらして下さった皆さま、お祈りでサムエルを支えて下さった皆さま、ありがとうございました!💕😆✨

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S.O.S.サムエルサポーターズ入会希望の方々も何人かいらして感謝でした。😌

サムエルのCDとグッズもたくさん御購入頂きました!嬉しい!😆✨


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パンダと愛喜ちゃんも初の「サムエル事務局」スタッフとして頑張ってきましたよ。 💪😊💪😆

そして、サムエルの車で家に帰ったら夜中の0時を過ぎて、車はかぼちゃの馬車になり?😅
わたしはバタンキュー🤤で寝ました。

主に感謝します!✨✨✨✨✨✨


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by yuuchinpuutan | 2017-03-26 08:39

いのちのパン

イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」
(マタイ4:4)

私たちが他の動物と異なるのは、信仰心を持っていることだといわれていますが、食べ物でからだが養われるのは他の動物と同じです。

生きるには、食べ物が大変大切ですが、人間には神様のことばが大切です。

わたしはマタイ4:4から、パスカルの言葉が心に浮かびました。
「人間の心の中には神以外には満たすことのできない空洞がある。」
この空洞とは虚しさと言えると思います。なぜ人間は心に虚しさを感じるのでしょうか?それはアダムに罪が入り死がはいったからです。

ですから、パスカルは、その空洞は創造者である神以外のものには、埋めることができないと言いました。

神様がアダムに問いかけたように、今も「あなたは、どこにいるのか。」と語りかけて、わたしたちが神様に立ち返ることを望まれています。

この神様との交わりによってしか埋めることのできない、私たちの心の空洞を埋めて下さるために、神の御子イエスさまは、天から人となって下って来てくださり、神と私たちの交わりの妨げとなっていた人間の罪を取り除くために、わたしたちの罪の身代わりとなって、十字架の上で神のさばきを受けてくださいました。

神が遣わされた救い主であるイエスさまだけが、わたしたちの心を喜びと平安と希望で満たし、心の空洞を埋めてくださいます。

私たちは主と出会えたことで永遠に無くなることのないパンをいただきました。最高に素晴らしいことです。

試練の時、わたしたちの口に御言葉が出ますように。
感謝な時、あなたを褒め称えますように。
今日も御言葉によって、こころが潤され、満たされることを心から感謝します。
使徒20:32
「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」

今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。
アーメン。



2017. 3/25
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by yuuchinpuutan | 2017-03-26 08:36

祈り

しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。
神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。
(マタイ4:23~24)

ここで言われる「霊とまことによって」という言葉は、どのような意味でしょうか?とにかく心から一生懸命、必死に神様に祈りを捧げることでしょうか?



そう考えると、なんだか自分の必死な努力がそこにあるような気がしてしまい、なんだか違うような気がします。



わたしたちの頑張りでは無く、神様がわたしたちに与えて下さった聖霊を感じ、イエス様のおっしゃった、


「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネ14:6)をいつも思い、この真実を信じ、平安に包まれた時、わたしたちは真の礼拝を捧げているのだと思います。



わたしたちの立派な祈りの言葉や、祈りの時間というような頑張りでは無いように思います。



わたしはクリスチャンになってすぐでしたが、朝目が覚めたら左目がまったく見えなくなっていたことがありました。

もともと左目は視力が弱くぼんやりとしか見えなかったのですが、突然まったく見えなくなっていました。

原因は仕事で目を使いすぎたことと、ストレスからだと思いますが、その時のわたしは、クルスチャンになったばかりで、すっかり気持ちが動転して、神様にお祈りできなくなってしまいました。


そのことは教会の兄弟姉妹に伝えられ、皆さんがわたしのために祈ってくださいました。その時、わたしは皆さんのとりなしのお祈りによって、イエス様の真実が私を包みました。


そしてお医者さまも原因がわからないまま、数日でわたしの目はもとの状態に戻ったのでした。

そのことがあってから、わたしは人のために祈る「とりなしの祈り」「背後の祈り」を知ることができました。


人のために祈る時、人に祈られる時、イエス様の御霊、イエス様の真実がわたしたちを包んでくださいます。

絶望の中で祈れなかったわたしに兄弟姉妹を通して、祈りを与えてくださったことを感謝しました。


ローマ12:1

 「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」



エペソ5:19~20

「詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。」



今日も御言葉に感謝して救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。


2017.  3/24

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by yuuchinpuutan | 2017-03-24 06:37