お暇な時に見てね


by yuuchinpuutan
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お弁当の話


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お弁当の話。

昨日友人と子供のお弁当の話をしました。

わたしは今お弁当作りはしていませんが、真っ最中の親御さんは大変です。

子供たちは友だちのお弁当と比べたりもするしね。

その話をパパちゃんにしたら、パパの子供の頃のお弁当の話になりました。

「俺の弁当はみんなと違ってたんだ。ゆで卵は花形に切ってあるし、ウインナーもタコ足に切ってある。それに海苔弁だよ。
それで、みんな新聞で弁当箱を包んでいるのに、俺はデパートの包装紙なんだよ。高島屋とかさ。
恥ずかしくてなぁ。卵もソーセージも真っ直ぐに切って欲しかったし、新聞紙で包んで欲しかったぜ!」

ふ〜〜ん。😗
わたし。。お坊っちゃまと、結婚したんだ。。。😜✨


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by yuuchinpuutan | 2017-06-30 13:33

信仰告白

人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
(ローマ10:10)

聖書通読 ローマ10章

これはどういうことかというと、「キリストは復活した主であると信じ、口でそれを言い表したなら救われる。」ということです。

わたしはこのみことばから、初めにだれがわたしに福音を伝えてくれたのかと考えてみました。

それはわたしの親友と、主人の親友と、そして三浦綾子さんでした。
わたしの友人は牧師家庭に嫁ぎ、主人の友人は建築科を卒業した後、牧師になりました。
三浦綾子さんの文学は、わたしの人生の指標でした。

ローマ10:14~15でパウロは言っています。

「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。
遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」

キリストについて他の人に知らせる時、わたしたちは自分を良い見本として見せなければなりませんが、わたしの友人は良い見本と言うより、わたしを大切に思ってくれて、わたしの救いに対して熱心でした。

主人の友人は牧師として、友人である主人への宣教に熱心でした。
三浦綾子さんはわたしに罪を、原罪を教えてくれました。

そして、わたしは教会に行き、日曜に礼拝を捧げ、聖書のみことばを読み、信仰告白をして洗礼を受けたのでした。

背後におられ、わたしたち家族を導いてくださった神様に心から感謝いたします。

救われてから20年。わたしは自分をキリスト者の良い手本としてなかなか提示はできないけれど、福音はどのようなもので、人生をどのように変えるか伝える働きをしなければいけないと思っています。

ローマ10:17に、
「そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」

先に救われたわたしたちが、生き方による福音伝道と、語ることによる福音伝道が共にできるように、聖霊によって助けていただけますように。

イザヤ52:7
良い知らせを伝える者の足は  山々の上にあって、なんと美しいことよ。  平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神が王となる」と シオンに言う者の足は。

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。
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アーメン。

2017 6/30
by yuuchinpuutan | 2017-06-30 06:36

幼き日

わたしはこの頃から読書家で、食べるのが好きだったのだなっ!

白黒写真。カラーにならんかな?
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by yuuchinpuutan | 2017-06-29 18:41

女3人やかましい。

お祈り会の後は姉妹方とランチ。

先日わたしめが1人ランチで偵察してきたお店です。

みんなで行くとにぎやかだなぁ。
😅
女性3人以上になると周りに気を使って話さないとね。

気をつけよ。

うちのパパは女性の3人以上は苦手。
逃げてる。😜

しかし、男性も3人以上になると笑い声が気になるわたし。

静かなのが好き。
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by yuuchinpuutan | 2017-06-29 16:01

救い

神は、このあわれみの器として、私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです。
(ローマ9:24)
聖書通読 ローマ9章

これは、イスラエルだけが特別な神の民ではないということです。

パウロはガラテヤ3:8~9でも言っています。
「聖書は、神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださることを、前から知っていたので、アブラハムに対し、「あなたによってすべての国民が祝福される」と前もって福音を告げたのです。
そういうわけで、信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです。」

それで、主イエス・キリストを信じるわたしたちもアブラハムの子孫になりました。
感謝します。

ローマ9:15~16.
「神はモーセに、「わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ」と言われました。
したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。」とパウロは言っています。

出エジプト33:19
「主は仰せられた。「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名で、あなたの前に宣言しよう。わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」

この9章で思ったことですが、わたしが律法を一生懸命守って生きていたユダヤ人だったら、きっと悔しい気持ちになっていたと思います。

ここでイエス様のおっしゃったことを思いました。
マタイ20:16ぶどう園で働いた人の喩えです。
「このように、あとの者が先になり、先の者があとになるものです。」

このたとえ話での、先の者とは律法を守っていたユダヤ人たちのことだろうと思います。

ユダヤ人は旧約において、選民意識を持っていますから、真っ先に救われるのは、自分たちだと思っていたでしょう。

しかし、神様は「神の御心を行うもの」すべてを神の国に招いてくださいます。むしろ、神に選ばれた選民であったとしても、選民意識で威張っていると、その心の状態は神様の御心から離れているので、自然と後回しになるということをイエス様は喩えの中で忠告なさっていらっしゃると思いました。

パウロも同胞が異邦人を迫害して、神様の御心から離れていることがどんなにか悲しく辛かったことでしょう。

ローマ9:2~3でパウロは言っています。
「私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。
もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。

パウロの同胞に対する愛は本当に深いです。
わたしたちは、家族、友人の救いにどれほど真剣でしょうか。。。

先の人も後から信じ救われた人たちも『天の御国』という同じ祝福をいただけますから、先に救われたわたしたちは自分の時間を宣教のために使う者でありますように。

そして、わたしたちへの神様からの報酬は、神様に主権があり、わたしたちが勝手に決めるものではありませんから、思い上がったり、人を捌いたりしないように、謙遜な態度でありたいと思います。

第1テモテ2:4
「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。
神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。」

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2017 6/29
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by yuuchinpuutan | 2017-06-29 07:11

成長と衰退

題 「成長と衰退」

2年で座高が同じに!

あ?!わたしは縮んでる?

何度も言いますが、孫ではありません。
友達です。😆✨
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by yuuchinpuutan | 2017-06-28 08:17

ラーメン

ラーメンの話.🍜

教会のそばに「とつき」という煮干しラーメンのお店があるんですよ。

店の入り口の横には「製麺室」が設けられ、自家製麺でやっているコダワリの店。麺が無くなったら「本日の営業は終了しました。」になります。

パンダ、ここのラーメンが好きでしょっちゅう行ってます。
特に夕方からしか食べれない「柚子塩ラーメン」がお気に入り。

人気があるから客足が途絶えない。
日曜日、教会員でいっぱいになったこともありましたよ。

ところで、そこの店主が個性的で、行けば分かるけど。😜
うちの娘は地味に緊張するらしい。😆

店を出る時、店主が必ず言う言葉

「いつもどうもね。暑くなるからね。熱中症に気をつけてね。水分マメに取ってね。」

これ夏バージョン。

それが、この間、パンダが最後に出たら
、いつものバージョンに「旦那さんによろしく!」が付いていた。
😮

そういえば、最近二回ほど一緒に行ったっけ!😆

ボキャブラリーが増えている。。🤗✨

ところで、このお店、撮影禁止なのでこの写真はネットから取りました。😜
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by yuuchinpuutan | 2017-06-28 07:20

勝利者

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

(ローマ8:37~39)

聖書通読 ローマ8章

パウロの言うこれら全てのことの「これら」とは、35節の「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。」のことを指しています。

まもなく恐ろしい迫害を受ける教会に向けて書かれています。

この手紙を受け取ったローマの教会の人々はどんな気持ちだったでしょうか?
逃げ出した人もいたでしょうか?
今の日本ではクリスチャンはそのような迫害はうけませんが、当時の迫害は、それはそれは恐ろしいものです。

そこでパウロはローマの教会の人々に「たとえどんな迫害をうけてもわたしたちは神の愛から決して引き離されることは無く、これらすべてのことの中にあっても圧倒的な勝利者となる!」と力強く励ましています。

これはわたしたちキリスト者にとって大変励ましになる約束です。

わたしもクリスチャンになってからはたくさんのチャレンジを受けてきました。そして今もその中にいます。

この世的な考えをすれば、体も時間も物も神様に捧げているわたしたちの歩みは馬鹿らしいものに見えるかもしれませんが、わたしたちは神の愛を信じる信仰によって、神様の御計画を信じることができます。

そうすれば、わたしたちの心の中の恐れは消えて、平安な心をいただけるのです。

ローマ8:28
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

アーメン。

イエス.キリストの救いを信じるなら、神様がわたしたちをずっと以前から、天地創造の前から、わたしたちを知って導いておられた事実に喜ぶことができます。

ローマ8:1~2
「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。
なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。」

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

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by yuuchinpuutan | 2017-06-28 06:47

犬小屋化

マロ介。寝起き顔。

マロ介を預かると、わたしの部屋が犬小屋に。

帰った後、ベッドのカバーが犬臭いよ。
うちの家族が寝っ転がるわたしのベッドは、みんなの匂いが染み付いているのか、よくペロペロなめている。笑

もう洗ったけどね。笑
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by yuuchinpuutan | 2017-06-27 08:36

善と悪

そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。
(ローマ7:21)

聖書通読 ローマ7章

使徒パウロほどになれば、悩みや問題、葛藤といったことはなく、日々確信に満ちて、患難や誘惑があっても、心揺らぐことなく、堂々としているのかと思っていたらそうではなく、善をしたくても悪が宿っていて、それが邪魔をするという告白。
パウロのような人でもですから、わたしたちはなおさらです。

これはすべてのクリスチャンに言えます。
「義人はいない。ひとりもいない」のです。

ゆえにイエス様がすべての人の罪の身代わりになってくださいました。

そのイエス様を信じ、自分の罪を知り悔い改めることのできるクリスチャンは幸いです。

パウロは7:24~25で
「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。」と、言っています。

わたしたちも聖書のみ言葉にアーメンと賛成しますが、それを行うことがなかなかできないのです。
その結果自分の罪の性質にがっかりします。
パウロのような立派な使徒もそうでした。わたしたちは、そのような時こそ、パウロのようにイエス様に立ち返り、神様に感謝したいと思います。

そして、いつも神様の視点で物事をとらえ、神様のみこころにかなった歩みができるように祈るわたしたちでありますように。

わたしなどは、毎朝み言葉を読んでいても、その直後にイライラすることがあります。

内面は神の義と自分の罪との戦いです。自分でこの戦いをおさめようとすると、人のせいにしたり、何かのせいにしたりしがちです。

そのような時は祈り、聖霊の力を頼らなければなりません。わたしたちの中の聖霊は愛をもって手を差し伸べて下さいますから、助けていただき、罪に勝利するわたしたちでありますように。

パウロは言っています。
ガラテヤ5:16
「 私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。
なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。
しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。」

今日もみ言葉に感謝して、救い主イエス.キリストの御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

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by yuuchinpuutan | 2017-06-27 08:33