お暇な時に見てね


by yuuchinpuutan

悪人さえも

しかし、彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った。「あなたがたは全然何もわかっていない。
ひとりの人が民の代わりに死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策だということも、考えに入れていない。」
ところで、このことは彼が自分から言ったのではなくて、その年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられること、
また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。
(ヨハネ11:49~52)

聖書通読ヨハネ11:45~57

ラザロが生き返ったことで、ユダヤの宗教指導者はますますイエス様を殺そうとしました。
イエス様の奇蹟はしばしば騒動を起こしたので、そのことをローマが問題視してユダヤ人を攻撃してくることを恐れたからでした。

そのことに対して、ヨハネ11:49~50の大祭司のカヤパが語ったことばは、イエス様の死を説明するために神様によってカヤパが用いられたのでした。

カヤパはイエス様を捕らえ、不法な裁判を行い、ピラトにイエス様を十字架に架けるように迫り、復活の真相をも隠そうとし、クリスチャンを迫害した人です。

その人が、神様に用いられてイエス様の死の目的を語っていることに驚きます。

ここから学ぶこと。
わたしたちクリスチャンにも、誰しもが経験する喜びも悲しみも試練もあります。
憎むべき存在もわたしたちの前に現れるでしょう。
しかし、神様はそのことすらも用いてご自分の御心をなされるということです。
神はカヤパのような最も身勝手な人間の口を用いてさえご自身の計画を進められました。

ですから、今おきていることに振り回されないように、常に霊的な目を持って冷静に見て判断したいと思いました。

また、たとえ、自分の今の立場が悪くなっても正しいことを語る口として神様に用いられますように。
大切なのはイエス様との交わりのうちに歩むことだと思います。

エペソ1:17~19
「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。
また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、
また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。」

今日もみ言葉から励ましをいただけることを感謝し、イエス.キリストの御名によってお祈りします。

アーメン。

2017 8/16
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# by yuuchinpuutan | 2017-08-16 16:33

蘇るイエス様

イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」
(ヨハネ11:25~26)

聖書通読 ヨハネ 11:17~44

イエス様がなさった奇蹟の7つ目は死んだラザロをよみがえらせたことでした。

イエス様はこれまで何故、いくつもの奇蹟を人々の前でなさったかというと、人間には決して排除できないことに対して力を持っているということを示して、人々がイエスさまを神様だと分かり、救い主だと信じるためでした。

その奇蹟の中で一番の奇蹟が死んだラザロが生き返ったことだと思います。

この奇蹟からわたしたちは、イエス様にはいのちと死を支配する力がある、創造主であることが分かります。

イエス様はラザロの死に際に間に合いませんでした。

イエス様が愛したラザロのために、飛んでいらして、助けて下さると姉のマルタとマリヤは信じていましたから、何故イエス様が遅れていらしたのか理解に苦しんでいました。

そして、イエス様のお話をいつも聞いてたマルタとマリヤでしたが、弟の死を大変嘆き悲しみ、イエス様にうったえました。

これはわたしたちクリスチャンの姿であると思います。

マルタはイエス様の、「あなたの兄弟はよみがえります。」11:23
と、いう言葉に、「私は、終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。」11:24
と、応答したように、イエス様を救い主と信じていても、わたしたちは、「もっと生かして欲しかった。。」と神様に訴え嘆き悲しみます。

ですから、今日のみ言葉はいつもわたしたちがイエス様に問われていることだと思うのです。

いつも心に置いていても、わたしたちは愛する人の死、別れに心乱し、悲しみ、どん底に落ちてしまいますが、

「イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」
(ヨハネ11:25~26)と、問われています。

イエス様はこの時、マルタ、マリヤ、駆けつけた人々の深い悲しみに共感し涙を流され、彼らの不信仰に、こころの動揺を感じられましたが、
「父よ。わたしの願いを聞いてくださったことを感謝いたします。
わたしは、あなたがいつもわたしの願いを聞いてくださることを知っておりました。しかしわたしは、回りにいる群衆のために、この人々が、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じるようになるために、こう申したのです。」
そして、イエスはそう言われると、大声で叫ばれた。「ラザロよ。出て来なさい。」(11:41~43)と、父なる神様にお願いしてラザロを生き返えらせてくださいました。

そして、その様子を見てたくさんの人がイエス様を神様だと信じました。

わたしたち人間は必ず全ての人がいつか死にます。愛する人との別れが必ず来ます。

しかし、イエス様を信じる信仰によって、その悲しみを乗り越えることができますように。

ヨハネ14:18~20
「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。
いましばらくで世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。
その日には、わたしが父におり、あなたがたがわたしにおり、わたしがあなたがたにおることが、あなたがたにわかります。」

この素晴らしい保証を感謝し、救い主イエス.キリストの御名によってお祈りいたします。

アーメン。

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# by yuuchinpuutan | 2017-08-15 08:11