揺れ動く地に立ちて、なお十字架は輝やけり
2011年 04月 13日
4時から1時間。週の始めの3日間、震災後続けて持たれています。
最近頻繁に余震があるので、菊江母のこともあり、わたしは最近出ていませんが 、来れる方は集まってお祈りしています。
ところで、この大地震により多くの教会も被災しました。
今日はその中で御園バプテスト教会と関わりがある、仙台の教会のお話をします。
宮城県仙台市宮城野区の単立 シーサイドバイブルチャペル。
ここはパンダの所属する教会の丸山牧師と親しい内藤牧師の牧会する教会です。
仙台港に近く、海岸線から700メートルの所。今回の大津波では直撃を受け、建物の土台だけが残りました。
地震が起きた時、内藤先生は一人教会にいらしたそうですが、津波警報が出る中、奥様は先生を救う為に、海へ向かって車を走らせたそうです。
そして車で逃げ、小学校の屋上に上り、間一髪でご夫妻は助かりました。
内藤先生は避難所の小学校で避難生活をすることになりましたが、その中で「教会の場所を5年前に移築したことの意味はなんだったのだろうか?主の導きに従ってそこに行ったつもりだったが、自分勝手な思いだったのか?」
震災後の2日目の夜はそのような思いで眠られぬ苦しい夜を過ごされたそうです。
しかし、その中で、ローマ8:28
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神はすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」というみことばの特に「神のご計画」ということを覚えられたそうです。
さらに3日目には、ヨハネ16:33「勇敢でありなさい。」というところから力を得たそうです。
そして、内藤先生は神様の憐れみのゆえに命が保たれたことを思い、残された生涯を主の栄光のためだけに生きたいと心新たにされたそうです。
これが教会があった所です。土台とこの柱だけが残りました。
そして、そこに十字架を立て
4月10日(日曜)には震災後初めての野外礼拝が行われました。
パンダは被災して亡くなられた方、家族や家を失った方々のことを思うと、本当に辛いですが、この十字架の写真を携帯の待ち受けにして神様に祈り続けます。