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by yuuchinpuutan

いつも希望を持って信仰の歩みをする。

🐼💕今日の聖書通読🍀
申命記1章。

"見よ、わたしはその地をあなたがたの手に渡している。行け。その地を所有せよ。これは主があなたがたの父祖アブラハム、イサク、ヤコブに対して、彼らとその後の子孫に与えると誓った地である。」"
(申命記 1章8節)

今日から、モーセ五書の最後の書物である申命記に入りました。
申命記はこれまでのまとめのようになっています。
民数記に書かれている内容が申命記でも繰り返し書かれています。
もう一度振り返り、わたしたちの信仰生活において、だいじなことを学びたいと思います。

申命記1:6~7に、
「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて、出発せよ」とあります。

 神はホレブにおいて、イスラエルに約束の地に入ることを命じられました。この広大な土地はみなイスラエルの所有になり、それはアブラハムたちに与えると誓われた土地でした。

そのホレブの山にとどまること1年、イスラエルが「約束の地」に向けて出発する日が来ました。

出発するにあたって、部族のかしらで、知恵があり経験に富む人たちを選び取り、上に立つかしらとし、部族の千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長、また、つかさたちとしました。
そして、主は「あなたがたの同胞相互の言い分をよく聞き、ある人とその同胞との間、また寄留者との間を正しくさばきなさい。」とお命じなりました。

そして、イスラエルの民は主が命じられたとおりに、エモリ人の山地への道を進み、カデシュ・バルネアまで来ました。

 そのとき、モーセは民に「あなたがたは、私たちの神、主が私たちに与えようとされるエモリ人の山地に来た。見よ。あなたの神、主は、この地をあなたの手に渡されている。上れ。占領せよ。あなたの父祖の神、主があなたに告げられたとおりに。恐れてはならない。おののいてはならない。」と言いました。

すると、民は、「私たちより先に人を遣わし、私たちのためにその地を探らせよう。そして、私たちが上って行く道や入って行く町々について、報告を持ち帰らせよう。」といいました。

モーセは、神からはっきりと「占領せよ」という命令を聞きましたが、民の提案を良いと思い、各部族からひとりずつ、十二人を斥候隊として送り出しました。
彼らはそこを探り、また、その地のくだものを手に入れ、「私たちの神、主が、私たちに与えようとしておられる地は良い地です。」と報告しました。
しかし、彼らは主の命令に逆らい天幕の中で、「主は私たちを憎んでおられるので、私たちをエジプトの地から連れ出してエモリ人の手に渡し、私たちを根絶やしにしようとしておられる。
その民は私たちよりも大きくて背が高い。町々は大きく城壁は高く天にそびえている。しかも、そこでアナク人を見た。』と言って、イスラエルの民の心をくじきました。

彼らの心は不信仰になってしまったのでした。

そこでモーセは民を説得しようとしますが、主は不平の声を聞いて怒り、
「この悪い世代の者たちのうちには、あの良い地を見る者は一人もいない。
ただエフンネの子カレブだけがそれを見ることができる。彼が踏んだ地を、わたしは彼とその子孫に与える。彼が主に従い通したからだ。」と言われました。
主はモーセにも、怒って言われた。「あなたも、そこに入れない。
あなたに仕えているヌンの子ヨシュアは、そこに入ることができる。彼を力づけよ。彼がそこをイスラエルに受け継がせるからだ。あなたがたの子どもたちが、そこに入る。わたしが彼らにそこを与えるので、彼らはそこを所有するようになる。」とおっしゃいました。

すると、民は「私たちは主に対して罪を犯した。私たちの神、主が命じられたとおりに、私たちは上って行って戦おう。」そして、それぞれ武具を身に帯びて、無謀にも山地に上って行こうとしました。
主は『上って行ってはならない。戦ってはならない。わたしはあなたがたのうちにいないからだ。あなたがたは敵に打ち負かされてはならない」とおっしゃったのですが、彼らは主の命に逆らい山地に上って行って、エモリ人に打ち破られてしまいました。

✨🐼今日の気付き🎵
斥候隊は豊かな地を見ながら、そこに住むエモリ人を恐れました。主が「おののいてはならない。彼らを恐れてはならない。」申命記 1章29節
とおっしゃったのに、天幕の中で主を批判したのでした。

わたしたちも主の翼の下で守られているのに、
「こんな試練ばかり続いて神様はわたしにちっとも良いことをしてくださらない。」と呟いたりすることがないように。

心がいつのまにか神様から離れてしまうようなことがないようにしなければなりません。

どんな時も、信仰によって神様の導きを信じ歩むわたしたちでありますように。

ヘブル人への手紙 4章2節
"私たちにも良い知らせが伝えられていて、あの人たちと同じなのです。けれども彼らには、聞いたみことばが益となりませんでした。みことばが、聞いた人たちに信仰によって結びつけられなかったからです。"

そして、今、この賛美が心に浮かびました。
いつも希望を持って信仰の歩みをする。_d0100239_08560537.jpeg
「 主は道を 日々つくられる
なにもないように 思える時でも
主はみ手で みもとでささえ
新しい明日へ 主は道をつくられる

天と地が ほろびうせても
主のみことばは ほろびず
あらのに道を 砂漠に川を
今日も つくられる
主は道を 日々つくられる
なにもないように 思える時でも
主はみ手で みもとでささえ
新しい明日へ 主は道をつくられる。」

今日も主を賛美しつつ歩むわたしたちでありますように。主イエス様の御名を通してお祈りいたします。

アーメン。

2019 3/21
by yuuchinpuutan | 2019-03-21 08:53